社殿

本殿

1879年(明治12年)、現在も村上市肴町の観音寺にいらっしゃる即身仏・仏海上人の発願によって起工し、1881年(明治14年)に完成した現在の本殿。

荘厳な大天狗面や、かつて夜な夜な城下を走り回ったという馬の絵などが奉納されています。

破風の内側には社紋である「根上三階松」をかたどった細やかな彫りがなされているなど、村上の名工たちによる技を見ることができます。

境内に座す神明宮が丹塗りの華やかさが特徴的であることとは好対照に、本殿は木肌そのものの美しさと職人技による風格が漂う様式です(三間社流造)。

神明宮

境内摂社として本殿左手前に建てられている神明宮は1688年(貞享5年)の火災後、1690年(元禄3年)に村上城主・榊原勝乗公によって神社本殿として建立されたもので、元々は現在の本殿がある位置にありましたが、本殿新築の折に移築されました。

棟梁は片岡角兵衛、日光東照宮の職人を招いて造営されたと伝わっており、建築様式は桃山時代のもの。極彩色の斗拱や蟇股、黒漆、金箔推し、丹塗りなど、新潟県内ではとてもめずらしい仕上がりとなっています。1969年(昭和44年)、新潟県有形文化財指定を受けました。

社殿前の石柱は、もともと1729年(享保14年)に元村上城主・間部詮言公が移封先の越前国鯖江(現在の福井県鯖江市=村上市姉妹都市)から寄進した大鳥居で、1964年(昭和39)年の新潟地震で破損した残りを使用したものです。

春日神社、八幡神社

本殿に向って右手奥に境内社として鎮座しています。

松尾神社

神明宮の隣に鎮座している境内社です。御祭神は水波之女命。人の暮らしに欠かせない水の恵みをもたらす開拓神ですが、醸造の神でもあることから、古くから地酒づくりに勤しむ町衆からも篤信されています。

稲荷神社

本殿に向かって右手前に鎮座しています。稲荷神は、西奈彌羽黒神社の御祭神の一柱・倉稲魂大神と同一視される神様です。

五穀豊穣の恵みのほか、中世以降の稲荷神は工業、商業、地鎮など万能の神性を帯びたことから、農村だけでなく町人や商家、武家、博徒や遊女まで、身分の隔てなく幅広い信仰を集めていたことをうかがわせます。

羽黒町のお稲荷さま

参道の階段脇道から登ったところに鎮座するお稲荷さまです。

ぬくもりのある民間信仰の様子が伝わります。

階段

参道の階段の数は総数133段。これは神社の中では比較的多い方とされています。

特徴的なのは階段途中、手水場のところで角度が変わり、上下2つに分かれている点です。

階段は観音寺の即身仏・仏海上人の夢枕に龍神が現れたことから、上人が「最後の大仕事」として浄財を集めまわり、普請されたもの。

総数の133段は天上界や宇宙を示す数とされ、また、手水場までの108段は煩悩の数とされており、煩悩のある人間界から上がり手水で心身を清めてから神様の領域へ上がる、という一連の世界観と儀礼が表現されています。

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