
西奈彌羽黒神社の注連縄は、村上市松山の住民が製作し、6月30日の夏越大祓祭に奉納するのが習わしでした。しかし、稲藁の調達が難しくなってきたことや注連縄の製作方法を知る担い手が不足してきたことなどを受けて、2012年頃を境に奉納の伝統が途絶えてしまっていました。
毎年、御神輿清掃をしている先太鼓の会は2017年、清掃の際に合成繊維でできた注連縄が下がり、それがとても傷んでいたことに驚き、「羽黒様の注連縄がこれでは…」と憂慮しました。
注連縄と人がしっかりと結い上げられる
すぐさま先太鼓の会有志は「稲藁の注連縄を復活できないか」と氏子会へ相談。中束尚一さんが発起人代表となり「西奈彌羽黒神社注連縄講」を設立。先太鼓の会の若手会員を主な担い手とし、氏子会の協力を得ながら材料集めと技術習得に向けて奔走しました。
西奈彌羽黒神社は村上圏域の総鎮守であることから、稲藁はできるだけ広い地域から納めていただくよう働きかけました。
注連縄づくりの技術は、江見尚行宮司の実家である山形県小国町の大宮子易両神社の氏子が伝承しているという縁に恵まれ、現地へ出向いて見学したり、現地の氏子を指導役として2年に渡って招くことで習得に漕ぎ着けました。
現在では注連縄講も奉賛会となり、伝統に則った材料、製法で丹念に結い上げられた注連縄が鳥居にかけられるようになりました。
注連縄づくりに携わる人の気持ちも、伝統の復活、保全、継承という思いでしっかりと結い上げられています。



中束 尚一 会長
稲藁を縄状にする「綯う」(なう)という技術には、日常的に用いる時の「右綯い」という手法と、神社など神聖な場所でのみ使用する「左綯い」という手法の2種類があります。
西奈彌羽黒神社の注連縄は当然左綯いのため、まずは基本的な縄綯いに最初の苦労がありました。
大宮子易両神社の氏子のみなさんから2年間ご指導いただき、以降は私たちだけでの製作がはじまりました。会員同士が得意と不得意があるため、互いに補い合いながら注連縄づくりを続けています。
回を重ねるごとに精度が上がってきていて、毎年の出来栄えが楽しみです。
稲藁の手仕事を復活し継承
私自身にとっては、小さい頃から親しんできた神社、お祭りです。
どの役割も強制されるものではなく、関わることができる喜びが大きいことから、年中関わっているような心地です。
例えば注連縄についても、神社に納めるもの以外に家庭用などをつくってみてはどうか、などと日々考えており、実際に地域の方から製作依頼を頂くこともあります。そうすると、ことあるごとに「よりよいものを結い上げるにはどうしたらよいか」を考えるようになります。
将来に向けて、材料の確保、人材の育成、技術の研鑽など毎年の役目を通じて少しずつ形づくっていくべきことはたくさんありますが、「稲藁で注連縄を結い上げるのが当たり前」「自分たちがつくらなければ」といった伝統の継承や当事者としての意識といった、若い人たちの思いを感じることが、とてもうれしいです。
DATA
西奈彌羽黒神社注連縄奉賛会
会長 中束 尚一
設立 2019年(令和元年)
会員数 15人
